昭和52年10月01日 朝の御理解



 御理解 第17節
 「神の綱が切れたというが、神は切らぬ。氏子から切るな。」

 もうこの世に神も仏もあるものかと思うような事がある。またそういう風に表現いたします。難儀な時は本当に神も仏もないものかと思います。もうすでに神の綱を離しかけておる時ですけれども、そういう時にでも神様は神の綱を切らせまいとする、働きが必ず起こるものです。氏子がもう手を離そうと思うておっても、もう神も仏も信じない、もう神も仏もないと言う様な思いになるとき、神様がそれでも助け様となさる働きが起こってくるのですけれども。
 悲しみのあまり苦しみのあまり、もうそれこそ腹立たしさのままで、神を離していくという人も矢張りいくらでもあるわけです。本当にこの神様を離すと言う事は大変恐ろしい事だと。怖い事だと。もう愈々信心をさせて頂くならば、そのへんの大事な所をよく分からせて頂いて、これからもしどの様な事があっても、神の綱を離す様な事のないだけの、信心を頂いておきたいと思うですよね。
 昨日午後の便でした、けれども手紙が参りました。宮崎の三上桂子さんという方です。高鍋の古屋きみえという、学校の先生がおられます。その先生のお導きでもうそれこそ、神の綱が切れようとする所を、古谷先生を通して、切らせまいとする働きが起こっておる、これは一つの実証です。この霊祭の時にも話しましたが、スイスから、アルプス登山をなさった。
 あのこの方から言うと弟さんですけれども、あの遭難されて亡くなられました。親子三代に亘って総代までして、もう御用という御用はこんな、御用が出きる人はあるまいと言うくらいに、御用を頂いてきたのに、そういう悲しい事になりましたから、大体それをめぐりで片付けられたら、もうどうにもしようがないわけです。それはめぐりですよめぐりのお取り祓いですよ。神様のご都合ですよでは合点がいかん
 。それをその時にここへお参りをしてみえて、箇条書きにめぐりとはなんぞやと、こう言う事があるのにその、前に救う手立ては神様にはなかったのかと言った様な、箇条書きにこう四か条が五箇条が書いて質問をした。合楽に行ったら合楽の先生が、その事に対して答えて下さるかも知れない。そこからまた救われたいという気持ちも、あったのでしょうけれども、とてもそう言う事がね、自分の今の気持ちを救うたり助けて下さる、といったあろはずがない。
 ここに見えたまではそんな感じでしたけれども、その方が霊祭を頂いてそれこそ心機一転、まあ書かずにはおられないというて、沢山のお供えと共に一緒に、お礼の手紙がきております。少し読んでみましょう、もう感動一杯に沢山書いておりますけれども。「親先生お礼を申し上げずにはおられなくてペンを取りました。お引き寄せ頂くまでの私は全てにやる気を無くし、腹が立って腹が立って悔しくて悔しくてなりませんでした。
 しかしながらこの度の事に対して、私が生活の全面に渡って、反省し生き方を変えねば救われない。この私をどうかしてもらいたい。このままで良いはずがないと決心し、古谷きみや先生のお手引きによって、参らせて頂きました。この気持ちが通じたのでございましょうか、親先生がまず、御霊は徳を頂いておられますと仰った時、心洗われる気持ちでございました。思えば夏山の遭難。
 事に雪崩ですか遺体の発見など、宝くじを当てるようなものだと聞かされ、あのスイスアルプスの深い深い、クレバス裂け目の事ですね、落ちておる弟の姿を想像して、絶望と涙に明け暮れておりました。どうせ行ってもみつかりはしない。地球の大異変が起き氷河が溶けるくらいの事がなければ、駄目なのだと諦めながらも行かなければ、見つけに行ってやらなくてはと、母と主人他五名とスイスに向かいました。ところが何と言う事でしょう。スイスについた日の朝遺体発見の知らせがございました。
 まさにこれがおかげでなくてなんでありましょう。母が迎えにきた日に出て来てくれたのです。翌日元気で対面、火葬にいたし連れてまいりました。それが遅くても早くても逢えません。しかも死後二十日近いのに、氷の中にいたので少しも変わっておらず、一目で弟とわかりました。これだけのおかげを頂きながら、まだ母も私も心は感謝の気持ちが湧きませんでした。弟の遺影に向かって哀れさと、母をこれほどにまで悲しませた、親不孝に対する腹立たしさに泣いてばかりです。
 しかしながらあの霊祭を頂き、その実意を込めた親先生の祈りを頂く内に、涙が溢れて涙が溢れて仕方がありませんでした。そうしておかげを頂きました。私の心が変わったのです。弟が若くしてこの世をさりましたが、皆さんに愛され、自分の好きな事をさせて、好きな事を精一杯楽しみ、喜びの中にお国替えをさせて頂いたのだと、その死去に際しては親先生を始め、あらゆる方面の方々の祈りを頂いて、最高に幸せなお国替えであったとしかも、残った私はあなたのおかげで、真の信心をさせて頂く気になった。
 否、私が真の信心生活をさせて頂くと、あなたの御霊の今後のお徳が頂けれるのだと、あぁ有り難いあなたは私を目覚めさせて、目覚めさせた有り難くて其の後はもう毎日弟に感謝ばかりしております。しかも母親が私のその態度を見て、私もという気になっている事です。まだ沢山ありますけれども、最後のところです。もうそれこそもうあなたは私に目を覚まさせてくれた。真の信心を分からせて下さろうとする、きっかけを作ってくれたと言う様な事が書いてありますね。
 ここにもうその、完全に助かると言う事が分かるですね。もう其の後の御繰り合わせなんかでも、もう大変なおかげを頂いておられますが、本当に神の綱が切れたかのような感じですよね。けれどももうそこに、神の綱を切らせまいという働きが、そこに起こっておるのです。古谷先生を通して、合楽に御神縁を頂いたと言う事。しかもそれが丁度霊祭の日であったと言う事。もう何から何までその、所謂これは分かると言う事ではなくて、分からせて下さるのですね。神様が。
 これは私が弟の戦死に対して、その時は目の前が真っ暗になるような事だったけれども、のおかげで、今日の私の信心があるのだ、おかげで、今日合楽でこれだけ沢山の人が助かるような、元をつくってくれたのはあんただという、弟の御霊に対するお礼がね、御霊も助かり私共も助かっていけれる。そういう例えば働きを、起こさせて下さるのが神様だと思うのです。ですからそういう、神様が手立てを持ってです、神の綱を切ろうとする時でも、神様が寸前まではなさせまいとする働きが起こってくる。
 昨日は丁度、月末の御礼信話会でございましたから、信話会を終わらせて頂いた後でした。ここに座っておりましたら、桜井先生がここに出て見えて、先生今日は本屋に寄らせて頂きました。そしてそのまあ何とはなしに、見ておられるところにあの、あれは何とか言いましたね、ノストラダムスですか、の予言の私が寒天危地というね。あのお知らせを頂いた時分に、よく出たお話しなんですよ。その人が予言をしておる事が的確に、ここ数百年の間に起きておると言う事。
 もう地球は破滅だというほどしの時分に、丁度合楽では地球に死相が出たというご理解を頂いておった時分です。それを歓天喜地にしていく。喜びの天賀びの地にして行く事の為に、合楽があると言う様な意味の事があったのですけれども、昨日私桜井先生から、そのお話を聞かせて頂いて、そういう予言をしていうなら地球の破滅だと、言った様な予言をしておるがそれを、助ける手立ての予言というものがない。でその方が書いておられる本の中にですね、ここにですね、時期が丁度今だというのです。
 この今の時期に人間が誰でも助かる、助かりの理念が出来なければ、本当に地球は破滅だと言う事が書いてあったそうです。私はそれを聞かせて頂いて、本当にドキッと致しました。合楽で合楽理念と言う言葉を、使わせて頂くようになってそれが今だ、時は今だ。しかも合楽理念は大変な、その内容を持っていながら、なそうと思えば誰でもなせれる助かりの理念だと。
 もうキリスト教ではだめ、仏教ではだめここに一つ本当に、救世主が現れて助かりの理念を、発表しない限り本当に地球が破滅に成る様な、そのノストラダムスの予言をずっとまあ、年数的に繰ってみると今がそういう時期なんだ。もう長くはない地球はそこで、ここに本当に救世主が現れなければならない。それも唯キリスト教の様に仏教の様に難しい事を言うて、それでなからねば助からんというのでは助かる手立てがない。
 それではない誰でもが助かるところの助かりの理念、何とか理念でしたかやっぱ助かりの理念ち、その助かりの理念がここにいわば発表されるというかそういう人が表れない限りというような事を聞いてまあ合楽、現在合楽で言われておる合楽理念というものが、どんなに大変な事だかという事を感じたという事を言っておられます。皆さんが簡単に思うておるけれども、私もまた一段思いが深くなった思いが致します。
 これはどうでも合楽理念が、金光教教団内の事だけではない、世界中にこの合楽理念が普及し無い限り、また普及するならば、そういう普及の出きれるいうならば、内容を持っておる。もう真に素晴らしい普遍性を持っておる。難しい事ではないと言う事をです昨日、これも丁度私4時の御祈念にかかろうとする時でした。岩佐先生がお届けをして参りました。これは里庄教会の総代をしておられ、先生のお父さんの信心友達でもあるという方が、中尾由紀夫と言う方から、先生宛に手紙が来ております。
 私はこれを読ませて頂いて繰り返し、何か大変引かれるものがありますから、繰り返し繰り返し読ませて頂いたのですけれども、読ませて頂けば読ませて頂くほど、素晴らしい事が本当に合楽理念と言うものはね、その善意な心と素直な心で頂かない限り分からないと言う事です。だから合楽はどげな事でん言うと言った様な、合楽は自分だけが1番よかごと言うと、そういう例えば見方やら聞き方をしておっては、合楽理念は分かるものじゃないです。此の方は一遍もまだお参りした事がない。
 けれども、岩佐先生のお父さんを通して、第一今あの和賀心時代を創る、いわば八十三ページまで読んだと書いてある。そして感動して泣かずにはおられない。というほどしの感動を受けてです、こう言う事を書いておられます。一節を読んで見ましょう。「合楽理念の顕現化は金光教の信者、教会の誰でもが、今日から始められるのですから嬉しいではありませんか」ともう合楽理念はね、これが分かったら、今から実行出来れる信心だというのですね。
 「現教外者だって、既宗教者、未宗教者、反宗教者、非宗教者、今日から理念を知れば実現の第一歩が踏み出されるのですから、知らない事は知らない事の恐ろしさ、教祖の出現によって、この百年間多くの人が助けられた今、大徳の方が西方にあって、天地と共に働き出して下さる有り難い事。君は恵まれている。神の導きのままに、どうか人が助かる道を実に深く、合楽先生に近付いて下さい。生も死も同じ道。人の道は多しされど神の道は一筋です。和賀心時代は定価をつけて市販をするべきです。出版代の一部に何々とこう書いてあります。もうその八十三頁まで読まれてこの本はね、これは市販にするべきだと。もしこれが出版されるならば、私でもその出版費の一部くらい、はおかげを頂きたいと言う様な意味の事が書いてあった。
 もう八十三ページまで読んで、これを書かずにはおられなかったというのです。しかもおかげの泉といい、合楽理念の特集号ですかね、そういう色んなものを岩佐先生のお父さんを通して、読ませて頂いてとにかく、知らない事は恐ろしい事ですと言う事をです、今日のご理解の中に一つ頂いて頂きたいと思うのです。もう地球が破滅の寸前にある、寸前というても五十年百年、神様の寸前というのはそんなものでしょうけれども、それに近付いて行っているのだと。地球は。
 もうその地球には死相が現れておるほどしの事だと。いうならば人間がもう助からん、さっき宮崎から来ておるこの手紙にもです、あの先日から四歳になる娘さんがもう、喘息で死なれるばっかりであった。それをお取次ぎを頂いて、医者に行って薬を頂いたけれども、全部吐いてしもうたと。それから親先生金光様で御縋りし、数時間後にはそれがもう奇跡的に助かったとお礼が出ております。だから知らない事は恐ろしい事ですよね。その時の弟の御霊を通して合楽理念を頂いていなかったら、死んでおったかもしれないと書いてあるです。
 知らない事は恐ろしいこと。それをなら私共小さい一心一家の事ではなくて、地球上にそういう大変な地球の破滅と言う様な事が、ノストラダムスの予言によってすればです、ここ数百年その予言をされた、予言された事が的確に起こっておるのだ、あっておるのだと言う事になると、それこそ身の毛もよだつようなお話しなんです。そこでここにです、救世主が現れなければならない。というてキリストでん、お釈迦さんのごたる難しいごたる事を、言うとったんじゃどうにもしようがないというのです。
 それを今この、中尾さんの言われるようにです、もうそれこそ金光教者だけではない、現教外者であってもです。既成宗教、既宗教と言う事は、既成宗教をしておった人達という意味ですね。それから未宗教者反宗教者、それから非宗教者でも合楽理念が分かったら今日から今日から、その理念を知れば実現の第一歩が踏み出されるのですから、知らない事の恐ろしさとこう書いてあるのです。
 合楽理念を知ると言う事は、そういう素晴らしい事なんです。知らないと言う事はそういう恐ろしい事なんです。個人的に言うたらなら、子供が死ぬか生きるかという時に、もし合楽を知っていなかったら、死んでおったかも知れんとこういうわけなんです。なら大きな意味合いで申しますとです、地球がそういう寸前にある時にです、合楽理念が確立された。そしてこれからこれを普及していく、普及していくところの現れがです、南米あたりに現れた。
 これはもう教内者だけではない、教外者、宗教者、反宗教者でもこの合楽理念が分かったら、もうその合楽理念の第一歩に、踏み込む事が出来る、ほどしのものだと言っておるわけなんです。私は今日のご理解でお互いの上にもです、もう神の綱が切れたというがです、神からは切らんと仰せられる、ならノストラダムスが予言しておるように、もう地球に天地の親神様が地球をもう離そうと、地球に住む人間達のです。
 いわば思いあがり神も仏もあるものかと例えていうならば、自然を征服する、何て言う様なそれこそ科学の力で月の世界にまで行ける程しのいうならば知恵の世界は開けてきた。教祖様はその事をやっぱ予言しておられる。今の世は知恵の世だ。これでは知恵の世では人間が助からない。そこでいうならば助かる手立てというものがです、もう大変な難しい事、難しい信心で無からなければ、いやそういうのではもう助からないと、その本を書いた人が、桜井先生が昨日読まれたと言う本には書いてある。
 今日はそれを買って来るといいよりますから、尚又詳しく分かる事でしょう。それに書いてあるのはです、ここに誰でもが取りつかれる、誰でもが分かる宗教者でも反宗教者でもその気になれば、その日からその一歩を踏み出す事が出来るほどしの、いうならば助かりの理念が出来ない限り、地球は破滅だと言っておるのですから、大変な事ですよね。私共がいうならば手を離すじゃなくて、世界中の人間が神その神から、手を離そうとしておる寸前にです。
 助けずにはおかんという働きが、合楽では起こっておると言う事をです、皆さんがもう一遍ね、これを頂き治させて頂いて、私共がその理念のいうなら、行者とならせてもろうて、そしてその助かりの理念であるところの、実証者にならせて頂いて、それを世界中に呼びかけて、ここでは先に和賀心時代を創ると言う、あのご本が出来た時に、世界中に和賀心時代をつくっていかなければならない、その和賀心とは、もうあらゆる宗教のこれは芯にならなければならない。
 仏教が金光教にならんでもよい、キリスト教が金光様にならんでも良いけれども、それぞれの宗教に、和賀心が入っていかない限り、もう宗教は死滅も同じ事であって、一大宗教革命がなされなければならんと、言った様な事がその当時言われておりましたよね。そういう私は意味合いでです、この神の綱が切れたというが、神からは切らぬと仰る神愛。しかももうノストラダムスの予言によれば、もう離す寸前にある私達にでもです、それをはなさせまいとする働き。
 悔い改まらせようとする働き。それが合楽理念だと言う事でございます。私は助かりの理念がここに、しかも誰でもが、それを分からせて貰える様なというその、岡山から来ておる手紙とです、桜井先生が読んで来たという、そのご本と合せて考えてみて、本当に合楽理念はそういう意味においても、どうでも私共がそれを自分の周辺に広げて行く事のための、ご用に立たせて頂かなければならない。
 それには私共がまず、合楽理念をマスターする。そしてそれの実行者ともなりいうなら、行者ともならせて頂いてです、そういう大きな運動に参画させてもらわなければならん。それを合楽示現活動に参画するとここでは言っておるわけです。そういう気にならせて頂くと示現、示現とは神仏が不思議な働きを示し現すと言う事だと。参画させて下さいと言う事は、預からせて頂くと言う事だと。
 言うなら宗教者でも反宗教者でも、そう言う事実を分からせてもろうて、そんなら私のごたる不信心者でも助かられるですかと、助かられる今日からでもそれに第一歩をしるしていけれるのだという程しに、見やすく説いてあるのが合楽理念です。もう一遍頂きなおさなければならない。いうならば個人私一家と言った様な意味が、この高鍋から来ておるあのね、遭難されたもう神も仏もあるものかと、腹がたって悲しゅうしてたまらんという人でも、神様が助けずにはおかんという働きを。
 古谷先生を通しておかげを頂いて、しかも合楽の霊祭の日に、おかげを頂いて心洗われる思いでそれこそ、亡くなった弟にお礼が言えておるという、もう何と素晴らしい事かと。宗教とはそういう力、そういう働きを起こすのが宗教なのです。だからそういう働きを現し得る宗教がもう本当に亡くなったと言う事です。仏教では助からんキリスト教では助からん。現在の金光教でも助かられんという事になってきた中にです、教祖金光大神の偉大な深遠な御教えをです、いわば合楽でそれこそ西方にです。
 私はそん時にすぐ思いました、この手洗いの所に西の宮橋と大きく石に彫り付けた手洗い鉢が出来た時にです、あのそのご理解を頂きましたですよね。成る程、西の宮橋だなあと此の方はそれを西の方、西方にその大徳な人が現れて、天地と共に働きだしなさったという事は、何と有り難い尊い事かと、此の方は表現しておられます。ですから本当に合楽の全信奉者がです、そういう御用に使われる事の為に本気で修行をし、本気で私共が合楽理念の素晴らしさをです、その第一号が末永先生です。
 本当に海外布教は合楽理念を持ってする他はないと言われる事がそのまま白もなからなければ黒もない。世界総人種が言葉が通じなくてもその場から助かられると言う事が合楽理念です。だから嘘じゃないでしょうが。本当でしょうが。此の方が言っておるのもやっぱそうなんです。どんなに反宗教者であってもその気になればその日から合楽理念を行じて行けれる。
 助かりの理念に、そのおかげにあう事が出来るのだと、言っておられるのです。今日はこのご理解17節をね、小さく私共の個人の上から、一家の上からこの地球の上にまでに、それこそ地球の人達がもう、天地の親神様の働きから、手を離そうとしておる様なね、危機迫るような死相が、成程生まれておると言われるほどしの、今の世にあってここにいうならば、光明世界を説き続ける合楽理念がある。
 その合楽理念をです、もう嘘じゃない実際に合楽で実証し、なら南米の地で実証をしておる。あちらに行ってから十日目からもういうなら、言葉も分からないブラジル人の人達が次々と助かっておるという事実をですね、私共はもうちっと本気で頂いて、もういよいよ合楽理念の行者に、本当にならせて頂く、日々でなからなければならないと、言う事ですよね。 
   どうぞ。